岡山地方裁判所高梁支部 昭和43年(ワ)12号 判決 1969年11月25日
原告 難波平蔵
被告 松岡土地改良事業共同施行
右代表者施行委員 大江昇
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
原告
被告は原告に対し金一四〇、〇〇〇円を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。との判決
被告
主文と同じ判決。
第二、原告の請求の原因
一、被告は土地改良法九五条により土地改良事業に参加する資格を有する者が共同して土地改良事業を行なうもので、同法施行規則七二条に掲げる事項を規約で定め、代表者を選定している。
二、原告は、被告の行う土地改良事業の共同施行者であるが、被告は昭和四二年六月一七日原告に対し、原告所有にかかる
高梁市松原町松岡字北谷一、三二七番
田 二、一一四平方メートル
同 所字カドノ向二、一七一番
山林 二、二一九平方メートルのうち六平方メートル
同 所字横畑二、二二五番
山林 四一三平方メートルのうち一〇七平方メートル
同 所字岡ノ畝二、三一七番
山林 二〇五平方メートルのうち三四平方メートル
合計面積 二、二六一平方メートル
につき、昭和四一年度に被告が施行した農業構造改善圃場整備事業工事第一工区の地域内にある
高梁市松原町松岡字北谷二、三二七番
田番号一九 地積見積 二、二七一平方メートル
を、換地処分を行う前において一時利用地として指定した。
三、しかるに、右田番号一九の土地は、計画田区ごとに高位部を切り取り低位部に盛土して全体を計画標高に仕上げる工程が未完成であるばかりでなく、この基盤切り盛りの段階工事前に耕土の厚さ一五センチメートル以上の表土を剥ぎ取り、基盤切り盛りに支障のない場所に集積しておき、基盤切り盛りの完了後に作土として掘り戻す、工事を施行しなければならないのに、この表土を集積することなく基盤となる低位部の埋土としている。殊に高位部は表土を除けば全面が大小のころび石とごろた石の入りまじった硬質土である。
そのため、原告は被告の指定を受けたのち、一時利用すべくトラクターを使用して起耕せんとしたが、表土を埋めた個所ではトラクターが土中に入りこみ起耕できず、その個所を除いて起耕しようとすれば大小の石のまじった硬質土のためトラクターのロータリー三個が破損し起耕ができず、ついに右田番号一九を稲作のため利用することが全然できなかった。
四、原告は右一時利用地の利用不能のため別紙のとおり損失を受けたから、土地改良法九六条により準用される同法五三条の八により被告に対しその損失の補償を求める。
第三、被告の答弁
一、請求原因一の事実は認める。
二、同二の事実のうち、昭和四二年六月一七日というは否認する。
被告は同年五月一〇日施行委員会を開 き、各共同施行者の一時利用地を定め、各施行委員を通じて各共同施行者に利用地の位置を説明し同意を得た。
三、同三の事実は争う。
トラクター使用不能の原因は、長期の干ばつとブルトーザーの締め固めによるものと思われる。高低差についても、昭和四二年六月一二日田番号一九を松岡農機具利用組合がトラクターを使用し耕転したところ、田植可能な状態に水がたまった。
元来本件共同施行区域内は超湿地帯で、特殊湿地用ブルトーザーによる表土はぎ取り、切り盛り作業は困難を極め、同年四月以降の異常干ばつにより漸く作業可能となったものであるが、トラクター使用不能の湿地帯は昭和四二年度に計画されている暗きょ排水工事完了まではその方策がない現状である。
そのような状況は、共同施行の工区内全域にわたることで、単に田番号一九のみの問題ではない。
いずれにしても、耕転を行い、灌水し、しろかきをすれば田植は可能であったもので、事実全工区内の他の一時利用地はいずれも硬質土と湿地帯に悩まされながら、全域田植を終ったのである。
四、同四の事実は争う。
被告は、昭和四二年六月一八日被告代表者にかわるべき者訴外横店和保が、右のような田植可能な状況にあることを原告に説明し、速やかに田植をするよう要請したのにかかわらず、また、同年七月四日には右横店、被告代表者、および入江高梁市産業課長の三名が同ようの要請をなすとともに、第三者に田植を依頼するかまたは被告に田植を委任されたい旨あわせて要望し、若し田面整地不備のため田植不能個所があれば次年度において必ず手直し工事をするから可能個所だけでも植付けするよう勧めたにもかかわらず、原告はただ田植は不可能であると主張するのみで被告の意を受けずついに田植をしないままに終ったものであるから、損失を補償すべきいわれはない。
第四証拠≪省略≫
理由
一、被告は土地改良法(以下単に法という)九五条により土地改良事業に参加する資格を有する者が共同して土地改良事業を行うもので、原告は右事業の共同施行者であることは当事者間に争いがなく、さらに弁論の全趣旨によれば、被告は昭和四一年度に施行した農業構造改善圃場整備事業工事第一工区内の
高梁市松原町松岡字北谷二、三二七番
田番号一九 地積見積二、二七一平方メートル
を、原告主張の右同所田二、一一四平方メートル外山林三筆合計面積二、二六一平方メートルについての換地処分を行う前の一時利用地として指定したこと、原告は右一時利用地に昭和四二年の稲作をせず、同年の稲の収穫を得なかったことも当事者間に争いがない。
二、≪証拠省略≫を総合すると、原告が本件一時利用地に田植をせず、昭和四二年の稲作収入をえなかった事情は概ね次のように認められ、これに反する証拠はない。
すなわち、被告は、上述一、のとおり、土地改良法にもとづく土地改良事業を国庫補助を得て施工すべく、昭和四一年六月に発足し、同年一一月工事請負者を選定して右工事に着手したが、施行区域が元来湿地の多い土地であったのに加え、工事完成予定の昭和四二年三月二五日の前、同年二月ごろ降雨の日が多く、湿地用特殊ブルトーザーによる作業も極めて難行し、ついに予定の右完工期限を大幅に遅れる事態となった。そのため昭和四二年五月下旬ごろが適期である同年の田植作業も、到底適期にはなしえないことが予想されたため、被告としては工事請負者に対し工期の延長を認める一方、特に圃場の整備を最優先するよう要請して、とりあえずその整備を計り、多少適期に遅れても田植をして、予想される収穫の減少を最小限にくいとめるべく、その旨工事担当業者を督励するとともに共同施行者らに協力を求めることを決定し、同年五月一〇日被告の委員会において換地計画と一時利用地の指定をなし、施行委員を通じ各共同施行者に対し、被告の右方針を説明しその協力同意を求めた。そして、原告に対しては被告代表者に代るべき者訴外横店和保が上述のように指定された一時利用地を通知し、原告はこの指定に同意したが、田植は、圃場の整備不十分、工事不完全を理由にしようとしなかった。
当時、原告に指定された前記田番号一九の圃場は、高位部の切り取りと低位部の盛土畦畔盛土が一応なされ、区域の画定は終っていたものの、高位部の基盤が堅固でその切り取りは不十分であり、しかも表土の埋戻し不足のため稲の作付に必要な表土が十分でなく、他面低位部は基盤盛土不十分のため高位部との標高差が甚だしく、ために貯水すれば低位部のみ水深が深まるような状況にあり、なお手直し工事が必要であった。しかし、このような工事の不完全は原告の一時利用地のみのことではなく、他の共同施行者らの一時利用地についても大小の差はあっても等しく存したことであったので、他の共同施行者らはそれぞれの一時利用地につき応急かつ一時の手直し工事を各自が行ない、適期を過ぎた六月下旬ごろ、とりあえず田植をし、多少でも収穫をうべく努力したが、原告のみは右工事の不完全を指摘し、請負人の責任を追究しようとしない施行委員らの消極的態度にあきたらずとして、ついに田植をせず、被告代表者や共同施行者の指導機関である高梁市の関係吏員らの説得、さらには被告において田植を代行するからとの申出も拒否し続け、ついに前記田番号一九については昭和四二年の稲作はなされないままに終った。
右によると、原告は、一時利用地として指定された本件田番号一九の圃場を昭和四二年の稲作のために利用しなかったため、稲作をすれば得られたであろう収益を得ることができなかったが、それは原告において、指定された一時利用地の工事が不十分のため高低の差が甚だしくかつ高位部の基盤が堅固で表土の盛土が不足し、しかも稲作の適期を過ぎていることを理由に植付をしなかったためであると認められるのであるが、このようにして生じた損失が法九六条により準用される法五三条の八にいうところの「通常生ずべき損失」にあたるかについてはなお慎重な検討を要する。
三、元来土地改良事業は、耕作等の目的に供される土地の改良、開発、集団化をはかり、農業生産の基盤の整備開発を行ない、農業の生産性の向上とその構造の改善等を目的として、かんがい排水施設や農道の新設、改廃、区画整理、農地等の権利の交換分合等の事業を総合かつ一体的に行なうものである。(法一条、二条)従って、その事業は完了まで相当長期間にわたることが当然予想されるところより、その間において、改良事業施行区域内の土地を権利者において能うかぎり継続して利用し得るように配慮することが望ましく、また、従前の土地所有者、用益物権者等の権利関係の可及的速やかな安定を図り、土地改良事業に伴う私権行使の制限を最少限度に止めることが要請されるのである。そのため法五三条の五以下において、土地改良事業共同施行は、換地計画において定められた事項又は土地改良法で規定する換地計画において定める事項の基準(法五三条)を考慮して、(法五三条の五、二項)従前の土地に代わるべき一時利用地を指定することができるとし、その指定がなされたときの法律的効果を定めて、従前の土地につき存した諸権利を一時利用地上に移行させ、一時利用地の使用収益を開始しうるようにし、もってこれら諸権利に加える制限を最少限度に止めるようにするとともに、かくして移行される諸権利の内容において増減広狭ある場合に備え、法五三条の八において、「従前の土地につき所有権(その他の諸権利)……を有する者がその指定によって損失を受けたときは……(土地改良事業共同施行は)、その損失を受けた者に対し、通常生ずべき損失を補償しなければならない」し、反面これらの権利者が「その指定によって利益を受けるときは、土地改良事業共同施行は、その利益を受ける者から、その利益に相当する額の金銭を徴収することができる」とされているのである。
このようにみてくると、法五三条の八の損失補償の定めは、従前の土地につき所有権その他の諸権利を有する者が、一時利用地の指定に伴い、権利の行使を一定期間停止されるとか、従前の土地の面積に比し一時利用地のそれが甚だしく減少するなど、特別の犠牲を負うに至ることがあることを予期し、そのような場合にはその権利者に対しては土地改良事業の完了をまつまでもなくその以前においても、早急に調整的補償をし、もって、それら諸権利者が蒙る損失を敏速に補償すべきことを定めたものと解されるのである。
法五三条の八にいうところの「一時利用地の指定によって」受ける「通常生ずべき損失」の意義内容も、このような法の趣旨に則して決しなければならないが、そうだとすれば、右にいう「通常生ずべき損失」とは、一時利用地の指定の直接の効果として発生し、権利の行使が一定期間停止されるとか、従前の土地に比し面積が甚だしく減少するなど、その損失の生ずることが明白であり、当該被指定者でなくとも何人でもその被指定者の地位にある以上当然に受けると認められる損失に限られるものと言うべきであり、これに反し、一時利用地の指定の間接的ないし附随的な効果として発生する損失や、その生ずることが必ずしも明白とは言えない損失、さらには当該被指定者の特殊・個人的・主観的な理由により受けると認められる損失は含まれないと解するのが相当である。
右のような見地から原告の請求をみると、前記一、二、において認定したとおり、一時利用地として指定された田番号一九の土地の面積は、従前の土地のそれにほぼ匹敵していて、面積の格段の減少がなく、しかも指定された土地を利用できなかった事情のうち田植の適期に遅れたとの点は他の各被指定者にも共通したことであり、工事不完全の点については、大小難易の差はあれ他の共同施行者の各一時利用地についても等しく存した事情であって、これらは特に原告についてのみ存したものとは認められないから、一時利用地の指定によって生ずることが明白である損失とは必ずしも言えず、さらに、原告以外の共同施行者らはすべて多少の手直し工事をしたうえ適期に遅れながらも田植をしたのに、原告のみが施行委員ひいては工事施行業者の責任を追究しようとの考慮のもとに田植をせず、そのため本訴請求にかかるような損失を生じたと認められるのであって原告の主張するところの損失は、ひっきょう一時利用地の指定の直接の効果として発生したものではなく、個人的、主観的理由により発生したものと言う外はないから、結局法五三条の八に定める損失には当らないと言わなければならない。(原告がこのように田植をしなかった事情は、前認定のように施行委員や工事施行業者を問責しようとする、いわば公的な動機、意図によると言えるのであるが、だからと言って、本件損失が個人的・主観的理由により発生したものでないとは言いがたいし、原告の意図を実現するためには他にとるべき手段があったと思われる。)
四、従って指定された本件一時利用地の工事が不完全であり、適期を逸したため植付できなかったことにより昭和四二年の稲作収入が得られなかったとして、被告に対しその損失の補償を請求する原告の本訴請求は、理由がないから、棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口貞)
<以下省略>